絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 イキナリ知らない声に問いかけられて、かなり驚いた。
「えっ?」
「ごめん、驚かした?」
 かなり背が高い。インテリメガネの相手は笑っていた。こちらも、自分でも驚くくらいの緊張で、変にリアクションが大きくなっている。
「あ、いえ……」
 話すとボロが出るという言葉を思い出し、慌てて、スタートさせようとする。
「初めてなら1くらいからで十分だよ」
「あ、ありがとうございます」
 相手の目を見ないよう、注意しながら礼を述べた。まだ若いらしい、白い半ズボンに若々しい少し焦げた足が印象的だった。話し込むと長くなる。それだけは避けたいと、まっすぐ前を向いて、歩くことに集中する。
 よく考えればそうなのだが、当然相手も隣のランニングマシーンを使い始めた。メタルフレームのメガネとオールバックの髪型に似合わず、軽く走り始める。あれだと、レベル5くらいかもしれない。
 こちらが先に辞めると話しかけられる可能性が高い。かといって、相手が終わるまで歩き続けられるかどうか、不明だ。
 考えを巡りに巡らせながら、必死に前を見る。時々、相手からの視線を感じた。不審がられているのかもしれない。会員証の貸し借りというのがルールに違反するのかどうか知らないが、ともかく相手も何千万も稼ぐ人物には違いない。香月はたった一言で場違いな自分を大きく感じるはめになった。
 そのまま時間は20分を経過する。いつも立ち仕事とはいえど、ここまで歩き続けるとさすがに足が痛くなり始めた。普段、運動不足の証拠に、隣の相手はまだ走っている。喉も乾いたし、一旦休憩しよう、というか、帰ろうと決めて、ストップボタンを押した。
「足痛い?」
 顔が引きつるのを感じた。相手も同じようにストップボタンを押し、慣れたようにマシーンから降りてくる。
「え、あ、まあ……」
「見かけないね。若い人少ないから目立つよ」
言われて初めて気付く。そうだ、そもそもそんな大金を稼いでいる確率は年寄の方が高いに決まっている。香月のように20代半ばでジムに200万も使うなぞ、一握りにすぎないに違いない。
「えっ、ああ、そう、ですね……」
 何に対する同意なのか自分でも分からなかったが、とにかくしどろもどろ会話を続ける。
 相手は、香月の足取りに付いてくるのか、はたまた同じところに行くつもりなのか、話を続けた。
「俺も2年くらい通ってるけど、この年でも若い方だよ」
 笑顔を作って、「ああ……」とだけ言うので精一杯。相手はおそらく30は過ぎている。それで2年通っているということは、入会金、年会費などで余裕で300万はここに落としたことになる。たった2年、娯楽のどうでもいいスポーツジムに。
 ということは、年収いくらだろう。それにしか頭が回らず、隣で話しかけられるのがかなり苦痛になってくる。
「何か飲んだ方がいいよ」
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