絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

巽に囚われた女

阿佐子の告別式が終わって、二週間が過ぎた十二月半ば。
 もちろん日常は変わらない。
 ホームエレクトロニクスでは年末年始の稼ぎ時の波に乗り、せわしない雰囲気で毎日が過ぎていく。
 巽との関係もまあまあ順調だ。一週間前に香港から帰ってかてきらは、二度も泊まりに行けたし、家族ともここ数日は毎日一緒に食事ができている。ユーリとは前に比べるとスケジュールが合わないことが多いが(あわせようとしてくれていることは、充分に分かっている)、せめて真藤だけでもと、自宅でちゃんと食事を作っている。
 あれから、夕貴や榊からの連絡はない。この先も、特に榊とはもう連絡を取ることは、ないかもしれない。
 阿佐子によって成り立っていた3人の関係は早くも崩れた形になる。仕方ない。それだけの関係だったのだ。
 その日、今日はユーリがすでに食事を作ってくれていることを祈りながらも、残念ながら何の匂いも気配もしない玄関で、パチリと電気をつける。廊下を進み、リビングに入ると、そこから見えるユーリの部屋の明かりは灯っていたので、既に食事を外で済ませ、ただ玄関の電気代を節約しているだけのようだった。暖房がついているわけではないが、人が部屋にいるだけで、ちゃんと暖かい。一緒に住んでいる人が家にいるということのぬくもりに、落ち着かされるなと、香月は最近よく思うのだった。
ユーリの気配を自室に感じながら、ふとテレビの前にあるガラスの大きなテーブルの上にある、一枚の封筒に気づいた。
 白い、横書きの封筒。宛名は香月愛様。宛先の住所はちゃんと部屋番号まで書かれているし、わざわざ宛名をプリンターで印刷したようである。
もちろん、榊は今は外国には行っていない。
 裏を返したが、差出人の記名はない。
 不思議に思いながらも、のりづけされた封を手で破った。とりあえず、中の物が破れないように、気はつけている。
 中には、一枚の白いただの紙で数枚の写真を挟んである。
 まず写真を確認した。風景の写真。一枚は、どこかのマンション……サクラマンションと名前が分かる。次にどこかのマンションの部屋の前。部屋番号が分かる。次に黒塗りの車から若い女が出てくるところ。だが、これは顔がよく見えないので多分若いだろうという推測だ。ピンクの長そでのトレーナーに白いデニムのスカートらしきものが少し映っている。盗撮らしい。何度も確認したが、自分が盗撮されたようではない。運転手も映っていたが、知り合いではない。
 この3枚に何の意味があるのか? 全く分からないまま、よく見ると写真を挟んであった白い紙に、文字が書いてあることに気づく。
『  久しぶり。
   この前撮った写真を送るね。
   君の彼が新しく手懐けた彼女。
   そのマンションにいるよ。
   会ってみたら?                   』
< 162 / 318 >

この作品をシェア

pagetop