絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 いや、今流産と言ったか……。
「……俺が……。
 いや、流産によって、母体の容体が変わったんだろう……」
「だろうって何で知らないの?」
 自分が詰め寄るところではない。分かっているのに、窓際で立ち尽くして煙草に火をつけようとしている巽から、目が離せなかった。
「俺が知ったのは、死んだ後だ」
 衝撃の事実であった。今まで、女性をただ弄んで遊んで来たと思っていた巽の若かりし頃の人生は、香月の想像を遥かに超えていた。
「……何で……結婚しなかったの?」
 冷静に、冷静に言葉を出す。
「さあな……」
 それは、巽の過去。自分にも、過去はある。宮下に、求婚された、過去がある。だがそれは、巽の物とは全く別物であるような気がした。
「だから今まで、結婚しなかったの?」
「……」
 巽は、こちらを見てはいない。
「これからも、結婚しないの?」
 さりげなく、聞く。
 軽く。
「……さあ……」
「じゃあもし、私があなたと結婚して、子供が欲しいって言ったら!?」
 落ち着いて聞こうとしているはずなのに、声は次第に大きくなる。自分でも、怖いくらいに顔が固まっている。
「そんな気に、なれると思うか?」
 今、何を否定したの??
「……」
 気持ちが分からないことはないけれど。
「…………」
 言葉が、出ない。
「……過ぎた話だ。
 気分転換にメシ、食いに行くか?」
 深く、深呼吸する。
「私…………」
 目からどんどん涙が溢れてくる。
 だけどそれは、何の意味の涙なのか、何が悲しくて、何が嬉しくて出ているのか、自分でもわからない。
「私…………」
 静かに巽は、隣に腰掛け、そして、そっと、抱きしめてきた。
「俺の過去だ。その過去と、お前は何も関係ない」
「嘘! 今、結婚も、子供もしないって言った」
 今聞いておかなければいけないと思った。これからの自分の人生の、一番大切な、要のところなのだから。
 巽はゆっくりと、両手で香月の顔を包み込んでくる。
 香月もそれに従って、巽の顔を見つめた。
「お前がそういう年齢に近づいてきていることは十分承知している。
 だが、お前のことを考えて、結婚はしない」
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