絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 なんでこんなにこの人は鋭く、そして、目を見開いているのか。
「え? いやあ(笑)。うーん、結婚はしないけど、付き合ってる人はいる」
 照れながらも、しっかりと報告だけはしておく。
「結婚はしない、とは?」
「……まだだって、私若いし。もうちょっと独身でもいいかなー」
「30までにはしないのか?」
「うん、……多分。最近友達が結婚してるけど……ここで結婚してもあれかな……って」
「女は結婚した方がいいぞ」
「自分だって結婚してないじゃん。男でもいつまでも独身でいると、なんか変な人だって思われちゃうよねー、正美」
「え、いやあ……」
「変な人ってなんだよ」
 夏生は香月より10上の、今年37歳独身である。
「例えばあ……若い子じゃないとダメとか。だから、ロリコンじゃないのー、とか。女に興味ないのかしらーとか。縁がないのねーって思ってくれたらラッキーだけどねー」
「俺はあえて結婚しないんだ」
 夏生が怒っているのが、ナイフの動きでよく分かる。皿の魚はすでに切り分けられているが、どうやら手に力を込めたいようだ。
「なんで?」
「仕事が忙しい。しょっちゅう出張してるんだ。家に帰らないと結婚なんて意味ないだろ」
「そんなの自分が社長なんだから、シフトくらいなんとでもなるじゃん」
 夏生はそれに対して、意見を述べようと息を吸ったので、
「正美は?」
 と、先に夏生を鎮める。
「俺は……結婚しない」
「えー、なんでー? まあまだ22だから仕方ないけど……」
「俺は一生結婚しない。独身でいる」
「え、なんでよ。独身主義者?」
「……たぶん」
「今若いからそう思うだけだろ」
「多分ねー。皆が結婚し始めて、結婚式とか行くようになったら、おいてけぼり感感じるよ、絶対」
「今のお前みたいにか?」
 夏生の仕返しだ。
「私は、一人の時間を楽しんでるだけなの、夏生兄さんと同じでねー」
 香月は皿にナイフとフォークを丁寧に置いて、グラスのクランベリージュースを一口飲む。
「けど皆結婚しなかったら、寂しいね。誰も子供いないってなんか」
「お前が産めばいいじゃないか。いい男探して」
「…………そうだね……」
 子供を産む。
「40くらいまでしか産めないぞ」 
 ということは、あと、14年……。巽との結婚まであと20年……。
 40過ぎて産むのは、多分大変。だって、子供が20歳を超える前に自分が還暦を迎える。
 肉をゆっくり切るふりをして、真剣に考えてしまう。
 子供を、産まない。
 一生、産まない。
 それで私の人生、本当に納得できるんだろうか?
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