絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「え、国際マンションも兄さんのなの? あれって確か国際ホテルの中にあるんだよね?」
「中というか、隣だな。隣接という方が正しい。だからお前もさっさとそんな所引き払って俺のとこ来い!」
「そんな兄弟みんなで同じマンションなんて嫌だよねえ? 正美?」
「なーにが嫌だ。安月給の助けになるだろう?」
「え、というかさ。正美は一人暮らしなの?」
 香月はうっとうしい兄の詮索に気付いて、話題を変えた。
「俺の話を聞け……」
 難しい顔をして、こちらを睨んだが、すぐにその視線は、運ばれてきた料理に移る。どちらかといえば、皿よりウェイターを見ている気がした。
 正美はというとただ一人ゆっくりと食事を楽しみに来たようで、いつものことだが、今日も基本的には黙っている。
「で、愛。仕事は?」
 夏生は一口一口確認するように、ゆっくり手を動かしながら聞いた。
「最近本社になったんだよー」
「おおー、昇格か」
「んー、多分」
「給料上がったんだろ?」
「うんまあ」
「おめでとう。やったな」
 さすが三兄弟の兄。兄貴らしい一言をふりかけてくれる。
「うん、まあね」
 香月は少し俯いて笑った。
「正美は? こっち帰ってきたら忙しいの? というか、向こうで取材って何してたの?」
 姉の質問攻めに正美は、少し曇った表情を見せ、
「色々……今はちょっと仕事辞めたいなと思うけど」
 そしてめずらしく意見を述べた。
「えー、なんでー!? 売れっ子作家が!?」
「今更辞めたって雇ってくれるところなんかないぞ?」
「なんか兄さんのそれやだー、なんか俺は雇わないぞっていう釘打ちみたい」
「ちっ、そんな訳ないだろ! ただ世の中は厳しいぞという釘打ちだ!」
「へー……」
 香月は夏生をチラと見てから、正美に真剣な顔をしてみせた。
「正美はなんかしたいことあるの? だって若いころから働き通しだもんね……」
「いや……特には」
 正美の手は最初と同じように動き、静かに口にラム肉を運んでいる。ちょっとした一言のつもりがこんなにわーわー言われて、迷惑とでもいいたげだった。
「じゃあ辞めるな。学生で作家なんか始めるからこんな風になったんだろうが、もう諦めろ。今更ニートなんてタチが悪い」
「うん、絶対今のままの方がいいよ。だって私たちの中で一番稼いでるし」
「そんなわけない」
夏生は何が悔しいのか、みけんに皺を寄せて即答した。
「でもさ。アイデアとか浮かばないの?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「無職の男なんて、世間に見放されるだけだぞ」
 夏生の意見は冷酷で、正しい。
「まあね。結婚するなら手に職つけてないとねー」
「お前、まさか結婚するのか!?」
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