絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「……そうだったかな……」
 巽はサイドウィンドを少し下げて、煙で咳き込む香月のために、外に空気を流した。
「えー、何で? 同じ業界ってこと?」
「まあ、そうだな」
「ええええーーー、会ったことはない?」
「さあ……どこかのパーティでは会ってるかもしれんが」
「うそぉ!! そうなんだ……。今度兄さんにも聞いてみよ」
「……」
「でね、弟は小説家なの。結構売れてるんだよ。本屋さんでも新書が出たら新書コーナーに並んでるくらい。香倉正美って名前でね。本名は香月だけど」
「そうか……」
 こっちは知らないらしい。
「あなたの兄弟はいるの?」
 そういえば、今まで一度も身の上話をしたことがない。親も健在なのかどうかも知らない。巽自身のことを知るのが精一杯で、そこまで余裕はなかった。
「5つ年下の弟が一人」
「へえ、近くにいるの?」
 何気に発した一言に、巽は少し間をおいて、
「いや、遠いな」 
とだけ言った。
 それが意味深な言葉に聞こえて、香月はそれ以上質問することを、やめた。
 
 パラオでの2泊3日。香月はずっと側にいた。ひと時も離れなかった。
 腕を組んだり、抱きついてきたり。人前構わず、いつでもどこでも。
 着いたその日は、ホテルに車で乗りつけたのが明け方だった。一度ホテルで眠るかと思いきや、海へ行きたいと言い出す。とりあえず行っておこうという彼女らしい提案。
 空港で服を買い、白いシルクのワンピースと白いサンダルに着替えていた。さらに白いフリルのついた日傘を片手に、隣を澄ました顔で歩く。
「じめじめしてないね、さらっと熱い」
「そうだな」
 少し手を伸ばしてちゃんと傘を差しかけてくれているが、大して熱さは変わらない。
「ねえ、砂浜歩くけど、一緒に歩く? それともここで座ってる?」
 いつもなら、そんなことを聞くまでもなく、むしろ、砂浜のベンチで座っているとこちらから言うと、口を歪ませて寂しそうな顔をするくせに、今日は違っていた。まだ時間があることに、余裕をもっているのだろう。
「座ってる」
 日陰のベンチに腰掛け、風間がどこからともなく用意したアイスコーヒーを飲む。
 エメラルドグリーンをバックに、白い日傘の彼女は一際目だっていた。海岸では、所々で現地人が既に動き始めていたが、日本人はいないようだ。
 そう安心してぼんやりしていたのが間違いであった。
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