絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「怒ってない」
 そのいつものポーカーフェイスから、微妙な心情を読み取るのは難しい。
 だから車内で、もう一度言う。
「ごめんね、今度、ちゃんとするから」
「別に……そんな日もあるだろ」
 巽は大人だ。
「ごめん……」
「……」
 既にタバコにしか感心がないように見える巽は、煙をサイドウィンドの隙間に飛ばしながら、目を細める。香月は、運転席が目に入らないように窓から見慣れた景色を眺め、締め付けられるような思いに、誰にも聞こえないように溜息をついた。
 安全運転で走行したが、信号もない朝方は25分で東京マンションに到着する。時刻は、午前4時を過ぎていた。
 車から降りる時、何か、ちゃんと言わなければ、そう思いながらふと車のフロントガラスからロビーのラウンジを見た。
 知った顔。
 間違いない、そんな美貌、なかなかいない。
「ごめん、弟だ」
 香月は巽の顔も見ずに、停車するなりシートベルトを外すと、車外に飛び出した。
 タイルを滑るように走り、自動ドアの中へ入る。
「正美、どうしたの!?」
 その正美の様子はいつもと変わりない。ソファに腰かけたまま、こちらに気付くとただ、少し笑む。
「姉さんいるかなと思って」
「え、携帯に電話してくれたらいいのに……した?」
 バックの中を探そうとして気付く。まだ車の中だ。
「いや、してない。一度家に行ったけど誰もいないみたいだったから」
「ああ、そうなの。今日誰もいないのよ……。え、いつからいたの? もう4時よ」
「昨日、かな」
「えっ、ちょっと、何で連絡しないのよ!」
 正美は苦笑した。それに、どういう意味があるのかは、分からない。
「ちょっと待って。外で人待たせてるから」
「彼氏?」
 早い切り替えしに、どきりとしながら、外を向く。
「うん」
 隠す必要はない。
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