絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 その日、どんな巡り会わせか、仕事の休憩時間を使って巽と一時間のランチに出た香月は、リムジンの中で、先ほど食べたばかりの食事の話を山ほど谷ほど目を輝かせて喋り続けていた。
 この日は偶然にも午後から店舗応援に行くことになっており、リムジンで移動時間が稼げるし、またとない絶交のチャンスだったのである。
 ある程度ゆっくり食事ができた香月は、店の雰囲気、食事の味、食器の柄。全てにいたるまで、今まで行った店の中で最高であり、自分好みであったと評価し、巽に鼻で笑われた。
「でさあ、見て。携帯変えたんだよねー。ほら、可愛いでしょ」
「……」
 ちらとこちらを確認するだけ。
「でね、じゃーん、ほら、画質がすごい!! 一眼レフ並みの写真も撮れるんだよ」
 言いながら、テレビを映す。
 つけた途端、レイジの顔が見えたのが分かった。分かっていたが、話を続けていた。
「ずっとどうしようか悩んでたんだけどね、ようやく気に入ったデザインが……」
 アナウンサーが新曲です、と紹介し、レイジの曲が流れ始めた。
 プロモーションビデオに映っているのは、ソファに腰掛けたレイジ。ただ静かに歌っている。
 エンジン音の少ないリムジンに、レイジの曲がゆっくりと流れる。
「携帯の割りにいい音だな」
 巽は曲など聞いておらず、ただ音質に対してそう評価した。
「この曲、今の気持ちを正直に書いたんだって言ってた……」
 香月は、思い余って口に出した。
 
君の思うようにしか 愛せないのなら それでいい

そのフレーズが頭から離れなくなる。
「レイジさんね……ずっと好きって言われてたんだ……。最初の一年くらい。けど、私、全然そんな気になれなかったし、いい人だったから、はぐらかすというか……、まあ、相手にしないっていうか……。
 それが原因でルームシェアやめたんだけどね。
引っ越してから2年も経つの。
 けどこの前も、ランチに行ったの。その時、友人としての道を外さなくてよかったって正直に言ったわ。
 ……私……、もしかして人を傷つけてるのかしら」
< 236 / 318 >

この作品をシェア

pagetop