絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 巽の声はいつも通り、冷静沈着。一瞬の隙もない。
 ただひとつ、聞いてみたかったので、遠慮なく口に出す。
「もし、何も考えなくて、ただ私のことを好きだってことだけだったら、私と一生一緒にいてくれた?」
 答えはひとつ。
「……さあ。……まあ、今ほどは考え込まなかったかもな……」
 その口から、その一言が聞けただけで、十分ではないか。
 それだけで、明日からがんばって仕事に行けて、また次の休みになればデートができる。
「うん……それでいいや。納得した」
 香月は笑顔を意識して、巽を見つめた。
「なんか、すっきりしたかな……。今日話せて良かったね。良かった、良かった」
「……」
 巽は少し口元を緩めて、短くなったタバコを吸いきる。
「ねえ、明日はディズニーランドに行こうか。久しぶりに。私、仕事休むから」
「……この前行ったところだろう?」
「あれから結構経ったよ。大丈夫、開園前に並ぼうなんて言わないから」
 2人の間に結婚という文字が確実に消えた瞬間であった。一生、一緒にいることはできても、妻という座は手に入らない。つまり、巽が自分の手元から離れる可能性の方が高い。
 だが香月はそれで本心から納得していた。結局、巽の芯は最初から一度も揺るがなかったが、きっと、それほど自分のことを思っていてくれているのだろう。
 大丈夫。今はまだ、大丈夫。
「風呂に入る」
 巽はこちらを見ずに部屋から出た。浴槽は、私のおかげで温まっている。
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