絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「とにかくぅ、あの男は怪しいからもう近寄らない方がいいって意味でしょ?」
「それを決めるのはお前だ」
「えー、まあ、知人って程度だし。もし今度会うことがあったら気をつけるよ」
 巽はそれからずっと難しい顔をして、一言もしゃべらなかった。タバコも何本か吸ったが、窓を開けることもなかった。
多分「もう二度と会わないから心配しないでね」の一言がほしかったんだろう。窓を開けてくれないのは、意地悪をしているのかもしれない。だけどこっちだって上司の手前があるし、そうはいかない。
 できない約束なら、しない方がいいに決まっている。
 そのまま寄り道もせずに、巽は新東京マンションに乗り付けた。今日は、ただの世間話に、どういうわけか真剣に受け答えしてくれたが、機嫌が良かったのだろうか。
「今日会えてよかったね」
香月は車を降りると、極上の笑顔を見せる。自分でも何に満足したのか分からないが、今夜はダダをこねずに、すんなり部屋に入ることができたのである。
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