絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 この1ヶ月をたったの数時間で埋める。
 そんな不可能を、巽はほぼ可能にしたように思えた。それほどの濃密な時間であった。
 事後、香月は恥じらいの気持ちを忘れるほどの強い眠気に襲われ、既に目は閉じている。白いシーツの上にはさきほど絡まった長い髪の毛が数本落ち、シーツ自体も半分以上床に落ちていたが、さすがにそこまで処理する体力は、今はなかった。
「え、今から仕事?」
 一人シャワーから出た巽が、驚くことに、ワイシャツに腕を通していることに素早く反応して起き上がった。
「……もうすぐ3時になる。明日から香港だ」
「え、出張? 長いの?」
「……2ヶ月にはなる」
「うそぉ……信じらんない」
 思ったままを口に出し、香月は後ろに倒れた。枕の上にどさりと頭を乗せかけ、目を閉じる。
「全然日本帰ってこないの? その間」
「だろうな、予定はない」
「2ヶ月にはなるってことは、それ以上長引くこともあるってこと?」
「状況によれば」
「……時々行ってもいい?」
「いや、会えない可能性の方が高い。会えるときはこっちから一旦帰る」
「……危険な仕事?」
 香月は恐る恐る目を合わせて聞いた。
「仕事とは、ある意味どんなことでも危険だ。この事業も成功するとは限らない」
「……そうだけどさ」
 お互い、危険の意味をもちろん理解していたが、巽は完全にはぐらかした。
「そうなんだけどさ……」
 1ヶ月の後の2ヶ月、約2倍の時間を、自分はちゃんと過ごせるのかどうか不安になってくる。
「電話は毎日できる?」
「……時差もあるしな、こっちから連絡する」
 といった場合、巽はほとんど連絡をしてこない。
「……」
 香月は完全に拗ねて、ベッドの中に入り込み、深く布団をかぶった。巽は既に着替え終え、車を回すよう指示の電話をかけている。
 自分は、まるで愛人のようにホテルの一室に置いていかれる。
 スリッパの音がだんだん近づき、ベッドのそばで止まる。巽は隅に腰掛けると、布団からはみ出た長い髪の毛を大きな手ですくった。
「一緒に来るか?」
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