絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 香月は、ゆっくりと首を振った。
「昔、婚約者がいて、その人が流産で死んだって」
「……さあ、それと今回のことが関係あるのかどうかは分からないがな」
「違う話!?」
 香月は夏生に詰め寄った。
「本人に聞けばいいじゃないか」
「…………」
 巽に、「兄があなたのことを調べて……」なんて言ったらどんな顔をするだろう……。
 いや、その前に、20歳にもなる子供がいたなんて……。
「鷹栖は頭の良い男でな、大学に飛び級してから在学中に企業して、今は飲食店を何店か経営している。俺とは一年くらい前からかな。奴が駆け出しの頃、偶然世話をしたことがあって。それもあってこの前パーティで見かけたら食事に誘われて、そこで巽光路を知らないか、父親だ、と相談を受けた。俺は名前だけは知っているとは言ったが、お前のことは言ってない。だが、相手はお前のことを100%知って話してきたんだろう。どこかで見かけたのかもしれないし、誰かに調べさせたのかもしれない」
 長い沈黙になった。ただ兄はコーヒーをすすり、香月は微動だにしない。
「まあ、今は前妻も死んだことだし、今のお前には何の影響もないことは確かだが」
「目的は……何かしら」
 香月は素直に聞いた。
「会うタイミングを計っているんだろうな……。近々現れるだろう。その前ぶりな気がしたよ。俺に寄って来たのは」
「そう……」
 ようやくコーヒーを口につけることができた。すでに冷め切っているその味は、砂糖を3杯入れたせいでただの甘い茶色い液体になっている。
「だから、私とは結婚しないって言ったのかしら」
 独り言のように呟く。
「……それもあるのかもしれないな。何度あったのかは知らないが、その経験で学んだんだろう」
「そうね」
 兄の攻撃的な言い回しを切り捨てるように、短く同意した。
「やめておけ」
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