絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「え?」
 切れ長の目、きっちり決まったオールバックに前髪を少したらした、完璧なビジネススタイルの巽は、大人の余裕の表情を見せた。
「さっきチケットを貰ったんだがな、誰にやるか迷ってたんだ」
 そこまで言ってから、巽は、香月の隣のソファに一席分開けて、スマートに腰掛けてきた。
「え、何の?」
 聞きながら、気持ち、後ずさる。
「シルクドソレイユ」
「え!? それ今日テレビで見た!」
「公開は来月の……13か。その日午後からのS席チケットが2枚ある」
「えっ、うっそお!」
 ってそれが一体何なのか。
 一言で言えばすんごいサーカス団。今全世界が注目し、メディアがこぞって取り上げ特集を組んでいる。
 今回の日本公演では日本人を起用し、更に新設された舞台でのパフォーマンスになると早くから話題を呼んでいた。
「えー……すごい、え、あれですよね、そういうのって電話とかで買えないですよね、多分」
 そういうのは、そういうお金持ちにしか回らないように贈答品として扱われている気がする。
「さあな」
「え、行かないんですか?」
「行くつもりはない」
 次の言葉を出そうか出すまいか、2秒悩んだが、相手の心を察したつもりで、出した。
「もしかして、頂けるんですか、それ?」
「欲しいなら」
 巽はタバコを咥える。と、すぐに側に寄っていた秘書がライターを出し、慣れた手つきで火をつけた。
 あまりに、異質な雰囲気に、返す言葉を忘れながらも、
「仕事休みとらなきゃ……」
 とにかく、まず今すぐしなければらなないのはそれである。
 すぐに携帯のディスプレイに店長である香西の名前を出すと発信する。が、7回のコールで出ないので、諦めて、メールを打つことにした。
「今日までなんです、来月の休日申請日が。うわー、ほんとよかったー!!」
 言いながらも手は休まることなく、すぐに送信ボタンを押す。
「え、あ……あのなんとかホールって確かディズニーランドの中ですよね?」
「ああ、そのパスポートも確か一緒に入ってたな」
「うわぁ……素敵……!! 素敵すぎぃ!! 嘘ぉ……え、一枚頂けるんですか?」
「2枚ある」
「え―……誰にもあげたくないなあ……勿体無いない……」
「一人で2枚は使えんぞ」
「それが惜しいくらいに欲しい!!」
「それはよかった」
 巽は珍しく自然に笑った。そのせいで、煙草の煙がこちらに飛んできて、少し咳き込んでしまう。
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