絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 その夜、巽に電話をした。
 時差も全く考えずにかけたが、巽は珍しく見事に3回目のコールで出た。
「もしもし?」
『はい』
「今何時? あのね、今私ロンドンにいるの。友達と」
『ロンドン?』
「うんそう、突然来たくなって。友達と3人で来たの。1泊3日。ちょっともったいないけど急だったから長居できなくて。チケットも取るの大変だったの。行きはみんな時間バラバラでさ。帰りはなんとか大丈夫だったんだけどね、でね、今空港のホテル」
『……思い切った気分転換だな』
「うんそう、うん、そうなの。来て良かった、ほんと。みんないつもは近くにいて忙しい、忙しいって食事も一緒にしないのに思い切ってロンドン行きたいって言ったら来てくれちゃったの。変よね」
『……そうでもないさ』
「そうかな。そう、でね。髪、切ったの。これは日本でなんだけどね。30センチは切ったかな。なんか頭が軽くなったみたいでね。けど友達は長い方が良かったなんて言うの。失礼でしょ」
『……そうか』
 沈黙が怖くて思い切りしゃべってしまう。
「そうなの、ね、今度いつ会える?」
 言わなければいけないと思った。どうせ、次の仕事が空けたら、とか言われるだろうけど。
『今すぐでも』
 思わぬ返事が返ってきて、目を見開いた。
「……うそ。どうしたの? 今そっち深夜? 明日休み?」
『いいや。会いたい時が会える時だ』
 その言葉に嘘はない、とでも言うように、巽は完全に言い切る。
「ちょ……っと、どうしちゃったのよ(笑)。変よ、仕事のしすぎよ、きっと」
『……』
「明日の深夜に日本着くの、で、明後日は仕事だけどね」
『いつでも電話をかけてこい』
 3秒以上、時が止まった。
「……どうしたの? 浮気でもした?(笑)」
『……酔ってるだけだ』
「ああなるほど。あそっか、そっか。んじゃね。会いたくなったら電話する」
 この時、巽は多分きっと、本当に相当酔っているんだと思った。
『ああ』
 だってそんな、こんなに辛い今更になって優しくするなんて、ずるすぎる。
「……」
『髪、どうして切った? いや、また会って聞く』
「……ただ、最近流行ってるから。私服とかあんまり流行りに興味なくて、でももっとおしゃれになった方がいいかなと思って、まずは髪を流行りにしたの。そう、そうなのよ」
『……』
「じゃあね、また、連絡するから……」
『ああ』
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