絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「香月、おはよう。すぐにタイムワークスを押してちょっと来てくれないか?」 顔つきがいつもと違う。
「……はい」
 何があったかは後で聞こう。小走りで部長にまず挨拶し、その後ろにあるデスクトップパソコンで打刻してから宮下のあとを追いかける。
 行くのは突き当たりの、自動販売機の前のソファ。この時間ならここには誰もいない。
「はい」
 とりあえず返事をした。
「大丈夫か?」
 あまりにも真剣な表情をされ、それがこちらにも移って来る。
「え?」
 2日酔いも晴れてるし、顔色も悪くないはずだが、彼が言おうとしているのは、そのことではないことは明らかなようだった。
「落ち着いて聞いて欲しい」
 視線は真っ直ぐ合ったまま。香月の顔からも、笑みは完全に消えていた。
「え、何ですか? 何?」
「……玉越のことだ」
「え?」
 久しぶりの名前に香月はきょとんとした顔以外の表情を作ることができなったが、宮下の顔はいつになく険しいまま。
「2カ月前、玉越が自殺した」
 淡々と語られる。
 自殺?
自殺って……何?
 2カ月、そんな前?
「俺も昨日まで知らなかったんだが、偶然、耳に入ってな。
 佐々木さんの奥さんが玉越と佐々木さんのことを……」
 自殺、した?
「大丈夫か?」
 前が見えなくなって、霞んで見えなくなって、宮下にすがりながら、膝まづいてしまう。
「あ、恵さん!」
 宮下の声がする。
「すみませんが医務室まで着いて来てもらえませんか? 気分が悪いみたいで……」
 パタパタとヒールの音がする。
「大丈夫ですか、香月さん!」
「え、どうした?」
 周囲の声が何層にも重なってだんだん聞こえなくなる。
「大丈夫か!?」
 それでも、一番よく聞こえたのは、宮下の聞きなれた不安な声。
「……帰ります」
 香月は、力を振り絞って立ちあがった。
「少し休んでからの方が……」
 誰かがそう言う。
 だが香月は、エレベーターの方向に歩き始めた。こんなところにいる場合ではない、と強く思った。
 玉越が、死んだ。そんなバカな。2か月も前に、そんな、今更……。
「……分かった。帰り、寄る」
 宮下のその言葉にどんな意味が隠されているのか考えたくもなくて、
「好きにしてください」
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