絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 営業部のドアの前で深呼吸をする。
 その行動に意味はない。
 ドアを開けて、中へ入る。まず二課をよぎり、その向こうが一課。
「お疲れ様です」
 最初から知っていた。その存在に。だがあえて知らないふり。
「田中部長は?」
「今日は店舗の方に行っています」
 城嶋はいつものはっきりとした声で言う。その隣で立っていた香月愛は、宮下の席を見た。
「あ、お疲れ様です」
 彼女にくれず、宮下に声をかける。
「ああ、お疲れ様」
「あの、この度は突然なことで非常に申し訳ないのですが、私が代わりに担当させてもらうことになりましたので……」
 とりあえず、座っている宮下に、平謝りから始める。
「ああ、はい、まあ、まだ白紙の状態なので大丈夫ですよ。決まったことは何もありませんから」
「はい、今日はとりあえず……」
「ええと、じゃあ先に会議室の方にお願いします。ちょっと僕、一件だけ電話かけるところがあるので」
「はい、じゃあ、先に行ってます」
 宮下は立ち上がり、声を大きくした。
「会議室に行ける人からもう行って下さい」
 実は予定の時間より15分ほど早かったが、仕事が早いことに越したことはない。数名が席を立つ。
 とにかく今はこれに力を入れなければならない。
 店舗と時計を同時に成功させるキャンペーンが、来月に迫っていたのにばたばたのせいで、内容は白紙に近い。
 第3会議室に揃ったのは宮下と香月、成瀬を含め10名程度であった。予定通りのメンバーがすぐに揃ったことになる。このメンバーでこの計画がスタートすると思うと、数日のイライラがすべて吹き飛んだような気がした。
 とにかく、初めに挨拶を丁重にこなしてから、内容に入った。
 すると想像以上に、数名が既に良い案を考えてきており、その完成度の高さに、さすが営業人!と心の中で拍手喝采の2時間であった。
 内容をすばやく絞り込み、検討する。そして有力候補として決まったのが、時計一台購入につき家電を数万円割り引くという画期的な販売方式になったのである。
 時計の販売は家電、携帯とは全く異なるもので、その中でも時計は高額なもので一台100万円をゆうに越す。ポスシステムは同じものの、値引きシステムをどうするかというのが一番の課題であった。
 しかし、ジャンコードをうまく使うという案が早くうまく出たため、会議開始から2時間、12時半には、ポップの案まで話がまとまるすべとなった。
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