絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「泣くほどのことがあったのか?」
 その声で目が覚めた。目を開けようとしても、眩しくて、すぐに閉じてしまう。
 丸太のような太い腕の堅い感触、頬を拭う親指、低い声の響き、心臓の音。全てが、本物の巽で形成されているもの。
「…………、わかんない」
 言おうか言うまいか、考えてやめた。
 今、巽がその腕の中に私をおさめてくれるのなら、それでいい。
 溜息をつこうとして、息を吸ったが、意識して小さく吐き出した。
「普段使わない頭を使っても、泣くだけだろうが」
 巽は腕を少しずらして、起き上がり、サイドテーブルに置いてあったタバコに手を伸ばした。
静かに煙草を吸い、吐きだすことをしばらく繰り返している。
香月はぼんやりその様子を眺めながら、視界に入る左手に何の装飾もされていないことを確認して、口を開いた。
「聞くだけ無駄かもしれないけど、聞いていい?」
 聞かれることを嫌がってはいないと信じて、言葉にする。
「何だ?」
「もしかして、結婚してるの? 不倫なの、これ」 
「何が」
 巽はこちらも見ずに、大きく息を吐く。
「だから……」
 聞いても、無駄か……。視線を落として息を吐いた。
「俺が結婚していると言いたいのか?」
「……そう」
 怖くて顔が見られなかった。
「下らん……。誰が不倫でお前なんかに手を出すか」
「それってどういう意味?」
「そのままだ」
 巽はそれには答えずに、灰皿でタバコをもみ消した。
「………」 
 不倫じゃないってことなんだろうか。それを信じていいのだろうか。
 シーツを睨むように見つめる香月に対して、巽は、
「何を根拠に?」
「え?」
 香月はすぐに顔を上げた。
「何を根拠に俺が不倫をしていると考えている」
「……なんとなく……。……年だし」
「意味もなく下らんことを考えるな」
 巽はそのままベッドを抜けると、洗面室に入って行ってしまう。
 意味がなかったわけじゃない。ただ、今は言えなかっただけで……。
 巽は香月よりも年は随分上だが、それ以上に大人びていて。
 多分きっと、こちらの気持ちなんて、分かってはくれないし、分かろうとはしてくれない。
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