紅梅サドン
「ーー雪ちゃん、この日の事を田辺君から聞いてから、ずっと心配してたんだ。

やっぱり、田辺君が苦しんでんじゃないかって。

雪ちゃん、本当に本当に心配してたんだーー。」

次郎にもたれかかったまま子供の様に眠る雪子を、僕等は見つめる。


「ーー泣くなよ、秋ジイ?

これで、本当に真澄ちゃんにサヨナラだねえ。」

そうつぶやいたルノーに『誰が泣くか!』と笑う僕は、真澄のさっきの笑顔を思い出していた。


教会を走り出したタクシーに、もう鐘の音は聞こえては来なかった。

でも、僕の体の奥底でいつまでもその音色が消えずに響いてきて、僕は静かに目をつぶっていた。



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