まだ、恋には届かない。
眉も目も、真ん中にきゅっと寄っているような顔で、亜紀は少しだけ唇を震わせていた。
そんな亜紀を見て町田が悪いと頭を下げ、大丈夫かと、もう一度、亜紀の目を覗き込んだ。
亜紀は、こくんと小さく頷き、自分を落ち着かせようと大きく息を吸い込んだ。

「足首だけか、あと痛むところ? 腰は?」
「尻餅、つくみたいに落ちたから、痣くらいにはなってるかも」
「立ってると腰が痛いとか、背中が痛いとかは、ないな?」
「はい」

ようやく、声が落ち着いてきた亜紀に、野田が何があったと、改めて穏やかな口調で尋ねてきた。

「お茶淹れて、上り始めたら、部長の怒っている声が聞こえて。なんだろうって上を見たら、江藤くんが、今日は休むだの何だの言って飛び出してきて、前も見ないで、階段下りてきて。避ける間もなく、どんって」
「ダメです。逃げました。あいつ。信じられねえ」

額に汗を浮かべて戻ってきた北岡が、野木にそう告げた。
一緒に追いかけて言った社員たちも口々に「なんなんだよ、あいつ」と腹ただしげに言い合いながら、事務所に戻っていった。

「会社の近くまで、友だちか誰かの車で来てたみたいで、そいつが待ってるとこまで駆けてって、車に乗ってちゃいましたよ。最初っから、今日はサボるつもりだったんじゃないですか、あいつ。何しに会社に来たんだか」

その言葉を聞き、野田と町田は忌々しげなため息を吐き、亜紀は痛いなあと零した。
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