まだ、恋には届かない。
「どこの店のだ?」
「この近くに個人店舗なんですけど、焙煎専門の店があるんですよ」

亜紀はそう言いながら、簡単に道順を説明した。町田の顔は、すでに店を訪ねることを決めているような顔だった。

「最近、このあたりでも増えたよな。そういう専門店やる人が。何軒か行ったんだけどな、豆って、同じ豆でも焙煎する人によって微妙に違うだろ」
「だろと言われても」

語り出した町田に、亜紀は苦笑するしかなかった。

「私はその店しか知りませんし。そこのが気に入ったから、わざわざ他で買うこともないし」
「いいなあ。お前。1軒目でビンゴじゃねえか。なかなか、自分の好みに合うとこなくてさ」

ここ、俺も気に入るかもしれねえ。
部屋に充満し始めた香りに、眦が下がりっぱなしその顔を見て、亜紀は淹れたてのコーヒーを来客用にカップに注いだ。

「どうぞ」

2人の間にある腰ぐらいの高さの収納棚の上に、亜紀はコーヒーを注いだ大きなマガカップを置いた。

キッチン、ダイニング、リビングが一続きになっているI型の部屋だった。
壁面にあるキッチンの背後に、食器棚を兼ねた、その細長い収納棚が置いてある。
キッチンと棚の間は、人が2人くらい行き来できるくらいのスペースがあり、調味料や食器はそちら側から取れるようになっていた。
その反対側には、背もたれのあるイスとスツールが、それぞれ1脚ずつ置いてあった。
テーブルを兼ねているらしいと理解した町田は、カップが置かれた位置にある背もたれ付きのイスに腰を下ろした。
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