まだ、恋には届かない。
亜紀が家でコーヒーを淹れて飲むのは、休みの日ぐらいだった。

インスタントのほうが手軽だが、近くにコーヒー豆の焙煎をしている個人店舗があった。
通りかかったとき、思い切って尋ねてみたら、個人のお客様にも100グラムから小売してますよと、少し年配の店主が笑いながらそう教えてくれたので、週末は家に引きこもると決めたときには足を運んで、店主のお薦めを試飲させてもらい、100グラムの豆を挽いてもらって、買い求めていた。

「ん? コーヒーか?」

リビングに入ってくるなり、町田はその香りに鼻をひくつかせた。
その顔が見る間に綻んでいくのが、亜紀にも判った。
インスタントではないコーヒーの香りに、勝手に頬が緩み出した。そんな感じだった。


ちょろいぜ、
町田!
むふふふふ。


やっぱり、コーヒーで正解だったと、胸の内では得意がった。

「今、淹れてますから」

まだ出したままになっていた、コーヒー豆の入った袋を手にした町田は、袋口に鼻を近づけると、クンクンは犬のようにその香りを嗅いでいた。

「いい豆、使ってんな」
「犬ですか、もう」

呆れている亜紀など気に見もせず、鼻の穴をこれでもかと広げて、町田はその香りを吸い込んでいた。
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