キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
──と思ったが、
『地上の人の杖か。同胞から話には聞いていたが、なるほど速く動くものだな』
ドラゴンは冷ややかに言った。
『我が牙と吐息を恐れることなく近づくとは、その勇気は賞賛に値する』
物語のドラゴン退治で弱点として勇者が貫いてみせる瞳は、レーヴァンテインの一突きをものの見事にはね返していた。
『だが、我が瞳も、口蓋の中も、胃袋も、舌すらも、天の真空の環境に耐え得る至高の鎧。斯様(かよう)な鉄くずで傷つけることはかなわぬ!』
食らいついてくるドラゴンの牙を、必死によけながら──
──物語は全部うそか!!
ラグナードは子供のころに呼んだ数々のおとぎ話のいい加減さを呪った。
物語やおとぎ話とおんなじじゃないぞ!
強靱なドラゴンの体の中でも、目や口の中といった場所はやわらかくて剣で貫けるというのがお約束なのに、見事に当てが外れた。
都合の良い弱点など現実には存在しないということらしい。
万策尽きた。
化け物め──
そう言い残した宮廷魔術師の気持ちが、ラグナードにもいやというほどよくわかった。
あとは、地上にいるキリだけが頼みの綱だった。
火口のふちに立って、
キリは白く凍てついたパイロープ山の噴火口を見下ろし、静かに精神を集中させていた。
キリの魔法で直接攻撃をしても、はるかに大きな力を持つ天の魔法使いを滅ぼすことはおろか、傷一つつけることはできない。
もしも強力な氷の魔法使いを何とかしようと思ったら、ラグナードに語ったとおり、「間接的な方法」をとるしかなかった。
魔法の力をこめた、特別な視線で火口をにらみ、
"ヴィ・ヴェリ・ヴェニヴェルスム・ヴィヴス・ヴィキ"
より大きな力を引き出すために呪文を唱え、こん身の力で霧の魔法を火口へとぶつける。
同時に、
頭上を見上げ、飛行騎杖で飛び回るラグナードへと
"今! 離れて!"
心の声を送った。
キリの言葉が伝わり、ラグナードは飛行騎杖でドラゴンから離れる。
刹那の間をおいて──
爆音が大気と大地を揺らした。
火柱が立つ。
沈黙していた火口からマグマが吹き出し、パイロープ山が噴火したのだ。
『なにをした──!?』
驚愕し、上空で羽ばたきながら火口を見下ろしたドラゴンを、頂からエメラルドの眼光が睨(ね)め上げた。
強力な霧の魔法が白い体を襲い、
抗えない浮遊感とともに、何が起きたかもわからぬまま、ドラゴンの体は真っ逆さまに地上へと落下する。
『我への直接攻撃ではなく、地上と我との間の距離消滅の魔法かッ』
気づいたときには、
灼熱のマグマが吹き上がる火の山の火口の中へ、ドラゴンの体はたたきつけられた。