キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
子供が、道の反対側に手を伸ばしているのに気づき、オンファスはそちらを見た。

しなびたリンゴが一つ、道の端に転がっている。

この子供はあのリンゴがほしくて、王の行列の前を横切ったのか、と思う。


親を失った子供は大半が飢えてのたれ死ぬ運命にあった。

「この子に、よく熟れた新鮮なリンゴを与えよ」

兵士たちにそう命じて、オンファスは抱き上げていた子供を道に降ろし、ふたたび馬にまたがって城への帰路に着く。


自分はあの子供が無事に大人になれるような、そんな国を作ろうと思いながら。

アメジストのようにつややかな、少年の紫色の髪の毛が印象に残っていた。



「ごきげんよう、王さま」

城へと帰って行く行列を見送って、紫色の髪の子供は渡された赤いリンゴを投げ捨てる。

「『このような子供がいったい何の危害を加えるというのだ』、か。
オンファス、確かにおまえは先王とは違うよ」

人知れずリンガー・ノブリスでそうつぶやく白い顔は、五歳児には似合わぬ邪悪な笑みにゆがんでいた。

「子供と油断して見知らぬ人間とうかつに接触するとは、用心深かった先王とは大違いのおろかなガキだ」

自分より四倍は年上に見える若者のことをそう言ってあざ笑い、

「まあ、儂(わし)は仕事が楽に済んで助かったがな」

少年は路地裏へと消えてゆく。


道ばたに残されたリンゴが、石畳の上でしゅうしゅうと不気味な煙を上げ、見る間に黒く腐って崩れた。



ほどなくして、

国王の一行が城へとたどり着いた時、

馬上の王に供の者が声をかけても返事はなく、オンファスは馬の背につっぷしたまま苦悶の表情で絶命していた──。



「ご苦労だったな」

王都の町はずれにある安宿の一室でそう言って、壮年の紳士は紫色の髪の子供に金貨の入った革袋を渡した。

つむがれた言葉はリンガー・ノブリスで、紳士は貴族の身なりだったが、マントの襟を立てて口もとを布で隠していた。

「伯爵だとか言っていたな。一つ訊くが──儂にこの暗殺を依頼してきた黒幕は、あの王の弟か?」

革袋の口を開けて小さな手で中身を確認しつつ、紫色の髪の五歳児は目の前の男に尋ねた。

伯爵と呼ばれた紳士は、一瞬言いよどんで──それから布に隠された口もとでひそやかに笑って子供の問いに答える。

「鋭いな。貴族語を解し、つくづく得体の知れない子供だ。
滅多なことを口にするものではないが、陛下の暗殺は弟君のゼノリス殿下のご意志だよ」
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