キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「その魔法は、かの悪魔より授かったものであろう?」

ただ無表情に、ガラス玉のような両の目でキリをながめてジークフリートはそう言った。

ラグナードは眉をひそめる。

「そうなのか……?」

「当たり前だ。キリは我が凍結の魔法を呪文すら唱えずに防いでみせたのだぞ」

ジークフリートは断言した。

「いかに年経た優れた魔法使いであろうと、地の人には不可能だ」

眉間にしわを寄せたままのラグナードを見て、魔法を知らぬなとジークフリートは嘆息した。

「地の人は、呪文を唱えなければ大きな魔法を使えぬものだ」

ラグナードは、これまで目にした数々のキリの魔法を思い出した。

霧の中を移動したり、テーブルを消してみせたときにも、キリは呪文など唱えずに不可思議な現象を引き起こした。

「……思っただけで使えるものではないのか?」

「火の魔法使いが、指先に小さな火をともす程度のことならば呪文なしでもできようが──己の属性の、よほど精通した魔法でなければ普通はムリだ」

「己の属性の……?」

ラグナードはジークフリートの言葉をなぞった。

言われてみると、毒のキスをしてきたときやたきぎに火をつけたときには、確かにキリもあやしげな響きの言葉の羅列を口にしていた。

「地の人の身で、我が至高の天の魔法を打ち消す大魔法を使おうとすれば、己の属性であっても呪文が必要だ。
たとえ齢百歳を超えた魔法使いであってもだ」

聞きようによっては、いかに天の魔法使いが──というよりも彼自身が優れているかを得意げに自慢しているようにも受けとれる内容を、ジークフリートは眉一つ動かさない無表情で淡々と語った。

ラグナードはふと、この真っ白なかんばせが最初からこれまで、氷の彫像のごとく凍てついて何一つ表情を作っていないことに気がついた。

「悪魔より授かった力でならば、呪文なしでも可能であろうがな」

と、ジークフリートはその死人のような無表情をキリへと向けて言った。

「どうやってロキを、この世界に召還した」

ラグナードは全身真っ白な天の人から、真っ黒な服に身を包んだキリに視線を移して、日差しを浴びて黒猫のように座っている少女をまじまじと見つめた。

「魔王の召還など、そう簡単にできる芸当ではないぞ」

ジークフリートがそう言って、

「いや、ちょっと待て。矛盾しないか」

ラグナードは口を出した。

「キリの魔法が悪魔から授かった力ならば、召還する時にはそんな力はなかったということになるだろう」

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