キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
宮廷魔術師の手に負えなかった時点で、その可能性は十分に考えられた。

誰もがその想像をしたが、しかし誰もがその不吉な予測を公の場では口にすることを避けた。

「もしも霧の魔物だった場合──」

ラグナードは、暖炉の火と飲み物で温まった体が再び冷えていくような感覚に襲われて、ぎゅっと拳を作った。

「──それでも、お前ならば退治できるのか?」

「それはわかんない」

「おい!」

声を上げるラグナードに向かってキリはちょっと苦笑して、

「でも、霧を操れるわたしなら、霧を晴らすことはできる」

と言った。

「怪物自体をなんとかしなくても、霧を晴らしてしまえば、やがて霧の魔物は消えちゃうからね」

「霧か……」

「霧の魔物がいるなら、当然そこには霧があるってことだよ。
たぶん異変の起きる前に、パイロープ周辺には霧が出てたんじゃないかな」

そう言われて、ラグナードは少し考えこむ。

「パイロープ周辺は、大ごもりの夜以外には滅多に霧が出ないことで有名なんだが……」

もしもそんな地域で霧が発生したのならば、逃げてきた者の中に大騒ぎしてそう証言する者がいておかしくない。

だが実際は、霧のことを口にした者は誰一人いなかった。


引っかかるものを感じたが、しばし瞑目したあと、「よし」とラグナードはうなずいて、

「キリ。俺とともにパイロープに来て怪物をなんとかしろ」

偉そうに命令した。


「もしも見事にパイロープを奪還できたなら、褒美として……そうだな、俺に仕えることを許してやろう」

「やだ」

「……──って即答か!」

「うん。やだ」

ニコニコと屈託のない笑顔で申し出をばっさりと切って捨てるキリに、ラグナードは鼻を鳴らしてばかにしたような視線を向けた。


「フッ、わかっていないようだな。
いいか、その足りない頭でようく考えてみろ。

俺に仕えるということは、ガルナティスの宮廷に出入りできるということだぞ?

こんなへんぴな場所で、こんな狭くて汚い家に住み続けるより、はるかにいい暮らしをさせてやるぞ」

「やだ」

「…………もう少し考えたらどうだ」


相変わらず、ラグナードの態度と言葉とはたいていの人間ならばブチ切れてもおかしくないようなものだったが、キリはそれでも怒った様子はなく笑顔だった。

ただ、冷静に首を横に振った。



「さっきの話だと、ガルナティスは戦争をしてるんでしょ?

そんな国の人に仕えたら、そのうち戦争にわたしの魔法を使うことになる。


わたしは魔法使いだから、

わたし自身の命令に従って魔法で人を殺すけど、わたし以外の誰かの命令に従って魔法で人は殺さない。


だからラグナードにも、

他の何者にも仕えない」


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