気ままに生きる

これで最後だと思ったけど“ONE MORE TIME”

 1984年は前の年なんかよりライブの回数も減ったみたいだけど、詳しいことはよく分からないよ。仕事は俺がとってくる訳じゃないしね。仕事は減っても給料はもらえたから問題なかったし。仕事の内容に関しては、前にも書いたけど、俺はまったく関わらないからね。

 この年12月の大阪でのライブ前にトラブルがあったのではと聞かれたけど、何かあったのか俺はまったく知らないよ。いつも通りに演奏しただけだね。

 翌年vapとの契約が切れて、東芝EMIから俺のソロアルバム「Compound」を出さないかって話があった。それで、その時にPINK CLOUDの新しいアルバム「aLIVE」を東芝EMIでつくったんだ。

 そのレコーディングでは日比谷野音でお客さんを入れないでレコーディングした。実はこれがPINK CLOUDとして最後のレコーディングだったんだ。レコーディングの直前にCharからこれで最後だってって聞いたから、そのつもりでレコーディングにのぞんだよ。

 ずっと続けられるバンドもあるけど、ほとんどのバンドはやっぱり途中で解散になるからね。俺もバンドをやり始めた時、実は20歳を過ぎたらバンド活動はできないだろうなって思ってたくらいだしね。

 その時は最後だって思っていたから、やっぱり明るい気持ちでは演奏できなかったと思う。あらためて曲を聴いたら、もしかしたら暗いかもよ。解散するのは俺が決めてないし、Charやジョニーや事務所が決めることだからしょうがないけどね。
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