気ままに生きる
 あとは、ベースマガジンからの依頼でCDを作るので2曲入れてくださいって言われた。そのCDがオムニバス・アルバムの「低音横綱」で、俺の他にも何人かベーシストが曲を入れている。

 この2曲はしのやん(篠原信彦)とひろしと俺と3人で2曲レコーディングした。「気分」「逢魔ヶ時」という曲。

 このレコーディング・スタジオに行った時、なんとスタジオの持ち主が柳田ヒロだったんだ。久々に会った。フード・ブレイン以来だったね。一緒にスタジオでセッションしたよ。やっぱり柳田くんのキーボードはすごく良かったよ。
それからアムリタのライブにも遊びに来てくれたし、かなり後になってからフード・ブレインの再結成をやったな。

 その「低音横綱」の流れで、バディ・ホリー(アメリカのミュージシャン、1956年デビュー、「ザットル・ビー・ザ・デイ」「ペギー・スー」などのヒットを出したが1959年に飛行機事故で他界)トリビュート・アルバムに1曲参加してくださいといわれた。バディ・ホリーの曲は俺が小さい頃に聴いた覚えがあった。

 1曲レコーディングした曲は俺が詞と曲を作った。バディ・ホリーの曲をコピーするのが面倒くさかったから、その場の雰囲気で作ったんだ。ドラムは無しで、俺がギターとベースを弾いてるだけ。その歌詞のクレジットは山崎っていう名前になっているんだけど、なんか俺の名前にするのが恥ずかしかったから、その時にいた担当者の人に名前にしたんだ。

 このレコーディングの日は和田アキラのライブも入っていて、ダブル・ブッキングだったんだ。でもライブの会場とレコーディング・スタジオが近かったから、レコーディングを少しして、その足でライブ会場に行っている間に娘の真麻と親戚のまさよちゃんに歌を入れておいてもらって、また戻ってできたんだ。
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