始末屋 妖幻堂
「ま、高値がついたのも頷ける、良い顔してるものな。しっかし、よく亡八を振り切れたもんだ。確かに裏方だった小菊にとっちゃ、買い出しは花街の外に行ける唯一の好機だ。逃げ出すなら、そこを狙うだろうさ。が、そこのところは置屋側だって心得てるだろう。亡八がぴったりくっついてるはずだぜ」

「そうだね。しかもあの子には、帰る家もある。普通の遊女は逃げ出したところで、頼る男でもいなきゃ、また同じ道に戻るしかない。売られたんだから、おめおめ帰れないしね」

 狐姫も眉を顰める。
 狐姫の言うとおり、大部分の遊女は、単身逃げ出したところで同じことだ。
 違う置屋に入るだけのこと。

 頼る者もなく逃げ出したところで、生活などできないのだから。
 それ故、そういう遊女に対する監視は、実はさほどでもないのだ。

 だが、小菊は違う。
 真っ当な店なら使い物にならなくても、裏店を持つ伯狸楼なら、おそらく金の生る木だ。
 御法度な分、裏の金は高い。

 器量がこれほど良い娘が非道な扱いを受ける状況というのは、裏の客にはこの上ない余興だろう。
 そんな小菊を、みすみす逃すわけがない。
 監視の目は、相当に厳しかったはずだ。

「惚れた一念で、小太が守ったか? いやぁ、それでも無傷ってこたぁあるまい。伯狸楼の亡八は、まさに『亡八』って噂だ。いくら小太が庇い立てしても、とても敵う相手じゃねぇ」

 顎を撫でながら言い、千之助は削っていた棒を弄んだ。
 どうも、厄介事を背負い込んだ感じだ。

「ち。小太の頼みじゃ、金も取れねぇ。割に合う仕事であってもらいてぇもんだ」

 一つ息をつき、千之助は、ぱちんと指を鳴らした。
 途端に棚の上から、黄色と黒縞の猫が飛び降りてくる。

「とら、伯狸楼に行ってくれ。呶々女がいるから、あいつに渡りをつけてくれ」

 縞猫は、千之助に一声『にゃ』と答えると、夜の闇に消えた。
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