触れないキス
不機嫌そうなオーラを全身から感じ、私はサッと身を屈めてペンを拾い始めた。


やっぱり別人だ……絶対柚くんじゃない。

だって、きっと柚くんなら、

『これ、瑛菜ちゃんにあげるよ』

って、四つ葉のクローバーを差し出してきたあの日のように、私に手を差し出してくれるはずだもん──。


「……それじゃ」


急いでペンを拾った私は、それだけ言うと彼の顔も見ずに駆け出した。



美術室から教室へと戻る途中の渡り廊下で足を止めた。

ホームルーム……もう始まってるんだろうな。

ひんやりとした壁に背を預けて、深いため息をつく。


やっと、もう一度逢えたと思ったのに……。

あんなに似ているのに、まったくの別人だなんて。

やっぱり、もう柚くんとは逢えないのかな。


「諦めろ、ってことかなぁ……」


廊下の隅に落ちた、踏まれて茶色くなってしまった桜の花びらを見下ろしながらぽつりと呟いた。


それでも、何故だか言いようのない胸騒ぎがする。

そらくんとの出逢いは、私を変えていくような気がした。


それがいいのか、悪いのかは──

今の私には、まだ分からない。




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