触れないキス
ほんの少し戸惑ったような表情を垣間見せて、彼は形の良い唇を動かす。


「……そら」


初めて聞いた彼の声、彼の言葉は

私の期待を見事に打ち砕いた。


「……そ、ら? それが、あなたの名前?」

「そうだけど。何かおかしい?」

「あ、ううん……!」


“そら”というらしい彼の声色は少し冷たく感じて、私は慌てて首を横に振った。

彼の顔立ちは、柚くんにとてもよく似ている。

似ているけれど、柚くんが纏っていたあの温かい雰囲気がまったく感じられない。

それ以前に、名前が違うということは、やっぱり別人なのだ……。


がっかりしたような、ホッとしたような、複雑な気持ちでいっぱいになっていると。

そらくんは不意に私が落としたペンを指差す。


「早く拾えよ」


ほんの少し鬱陶しそうに、ぶっきらぼうに言うそらくんに、私は唖然とする。

こ、こういう時って、心優しい人なら一緒に拾ってくれるものじゃない?

別に拾ってほしいわけではないけど、そういう誠意を見せてくれてもいいんじゃ……。


「何?」

「い、いえ」


なんか恐いし!

< 34 / 134 >

この作品をシェア

pagetop