Halfway
「換気しよっかな」


春風を部屋に取り込むべく、勢いよく窓を開けたときだった。


「え?」


ベランダにうつぶせで横たわる黒ずくめの男。ピクリとも動かない。わずかな赤が目に入り、ハッと息をのんだ。

瞬間。がしっと足首をつかまれる。かすれた声が耳に届いた。


「……水、をくれ」


恐怖と混乱で、思考能力が低下していた私に、携帯で警察に連絡するとか、大声で助けを求めるといった選択肢は浮かばなかった。

弾かれたようにキッチンに走り、水をコップいっぱいにくんで、男の元へと帰る。


「……悪いな」


帰ってくると男は身体を起こして座っていた。腹のあたりと右腕から血で赤黒くなっている。

私は震える手で水を渡し、様子を伺った。

水はみるみるうちに消え、からになったコップを返される。

もっと、と促され、なかばやけくそになって、ボウルいっぱいに水を汲んで渡すと、それもまたあっという間に飲み干された。

息をついて、口元をぬぐった男がこちらを見上げる。


「助かった。マジで死ぬかと思った。ありがとな」


急にスラスラと話し出した男に目を見開く、男はそんな私を見てにやりと笑い、それから少し申し訳なさそうに切り出した。


「助けてもらっといて悪いが、アンタ志岐亮子だろ?」

「……え?そうですけど」

「ヤツらの次のターゲットはアンタだぜ。今日の貸しだ。これをやるよ。肌身話さず持ってればいいことあるぜ」


手渡されたのは漆黒の艶のある羽だった。

大きくてしっかり芯が通っている。


「カラスの羽?」

「……んな、罰あたりなこと言うもんじゃねえよ。まあ見てな」



突風。窓につかまり目を閉じる。次に目を開けたとき、視界いっぱいに黒がひろがっていた。


「じゃあな」


天使の羽を黒くしたような、力強い大きな羽。皮膚の色は人のそれより浅黒く、瞳は猫のように爛々としている。


「その羽なくすなよ」


バサリ。男はベランダの冊に足をかけると、大きく羽をひろげ飛び立って行った。


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