雨の音
終焉
静かに春雨が降り始めたある日の午後、慎一が死んだ。


遺書も残さず、雪が経営するゲイバーが入っているビルの屋上から飛び降りたのだ。
いつもしあわせだと笑顔で語っていた慎一の唐突すぎる自殺は、あまりにも非現実的だった。


ただ、慎一が作るへたくそなオムライスを食べることはもう二度とないことだけは現実なんだなと妙に納得してしまった。


慎一は雪の恋人であり、あたしの兄であり、あたしをひととして育てた親だった。



窓際で、ただ降り続く雨を眺めているときに、雪が帰ってきた。

「おかえり。警察引き上げたの?」

ロシア人の血が混ざっている雪の整った美しい顔が、たった半日で憔悴しきっていた。

「うん、とりあえずね」

「コーヒー淹れようか?雪、今にも倒れそうだよ」

「テキーラがいいわ。グラスはいらない。」

雪がテキーラを瓶のまま一息で飲んだあと、ソファに深く腰をおろした。

「ごめんな」

雪がぼそりと言った。

「なにが?」

あたしは自分のグラスにテキーラを注ぎながら聞いた。

「慎一を奪って…」

「慎一は自分で選んだだけだよ。雪のせいじゃないでしょ」

「そうじゃないんだ」

「どういうこと?」

「お前、もしかして全然気づいてないの?」

ぎらぎらと燃える雪の瞳の奥を見た瞬間、あたしは息を止めていた。

「俺は…」

あたしはとっさに目を逸らさずにいられなかった。

「言わなくていい。今まで気づかなくてごめん。」




雪はあたしを愛していたのだ。
慎一以上に。



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