雨の音



あたしが慎一と雪と暮らし始めたのは14歳のときだった。


あたしの母親は表向きは孤児を育てる施設の代表を名乗っていたけれど、実際は娼館のように施設にいるこどもを強制的に売春させていて、10歳の女の子が妊娠してしまったところから悪事が全部ばれちゃって、御用になってしまい、あたしは異父兄の慎一に引き取られたのだ。


それまでのあたしの日常はセックスをすることだけだった。

男の相手をしなければ、ごはんをもらえなかったし、施設にいるこどもに犯されることや、母親に殴られ、たばこの火を押し付けられても、それが異常だと思ったことすらなかった。

母親は「神」で、すべてを支配し、施設は「社会」すべてだった。
逃げ場所のないこどもにとって、おとなは味方ではなかったのだ。
今思えば、洗脳されていたのだろう。

慎一も同じ施設で売春させられていたけれど、15歳のときに施設を抜け出した後、新宿二丁目で雪と出会い、ふたりはそのときからの付き合いだと、慎一から聞いたことがあった。




「愛理が産まれてると知ってたら、あそこを出たあと、なにがなんでもあの女を告発してやったのに」

警察に保護されていたあたしを迎えにきた慎一は、大粒の真珠のような涙を流しながら言った。
「今日から僕らが愛理の家族よ。一緒に帰ろうね」

雪は柔らかい灰色の瞳で見つめ、優しくあたしを抱き締めた。

今まで見たこともない、手入れの行き届いた美しい顔と手をした男二人に、あたしはただただ驚いていた。

それが慎一と雪との出会いだった。




「今日は店休みにするから、俺寝るよ」

そう言って、雪はソファに寝ころび、すぐに寝息をたて始めた。

あたしは雪の寝顔を見ながら、テキーラを飲み続けていた。
けれど、いくら飲んでも酔いそうにない。



本当は、雪の気持ちに気づいていたのだから。


雨の音だけが、終わることなく鼓膜に響いていた。
< 2 / 7 >

この作品をシェア

pagetop