廻音
窓の向こう側は明るい夜だった。
黒とも藍色ともつかない夜が拡がっている。
明るい夜には大抵、月が大きく見える。
独りぼっちの夜がどんなに怖くてもソレを見れば安心出来た。
月は偉大だ。

ンーッと思い切り伸びて、來玖さんの腕を振りほどき、窓の方へ向かう。
私に合わせてモゾモゾと方向転換をする気配が在った。

カラカラと窓を開け放して網戸だけにすれば、夜と言えども真夏の生温い風が室内に流れ込む。
それでも締め切っているよりは、扇風機の風も手伝ってか、ほんの少し「ひんやり」を感じる事が出来た。

「網戸にしても意外と虫って入り込むんだ。小さく図々しい害虫が。」

しかめっ面で振り向けば、意地悪く微笑する彼。
どんなに小さくても黒く小さな虫を白い壁に見つけた時の不快さったらない。

「夏は夏らしく、たまには古風に蚊取り線香でも焚く?まだ余ってたよね。」
のそりと彼が動き出す。

蚊取り線香の匂いは好きだ。「癒し」すら感じるものがある。
けれどすべて灰になった後の、煙草にも似た煙の臭いが室内に立ち込めるのには苦手意識があった。

その旨を伝えれば
「大丈夫。もしも廻音にそんな臭いが付いたら俺が綺麗に洗い流してあげるよ。」

むしろ「そうであれ」と願う様に彼は言ってのけた。

ベランダにふわりと夏の煙が立ち込める。
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