廻音
しばらく歩いた頃だ。
行く宛てなど互いに決めておらず、適当に歩いていた為に、今何処に居るのか私には判りかねた。

「あの…ねぇ…、ねぇ!ちょっと!」

「…え?あ、あぁ…。」

まるで私を連れて来た事を忘れていたみたいにハッとして、漸く手首が外された。
思いの外、強く握られていたらしい手首は、少し赤くなっていた。

相手は見ず知らずの男性だ。
どうしてこんな事になっているのかも解らず、束の間の沈黙が気まずくて
「ドラマみたいですねぇ。」と口走っていた。

「悪い。夢中だったんだ。あまりにも、やりきれなくて…。」

先程の元交際相手とは、多分違うニュアンスで、困った様に頭を掻く彼は、何かを持て余しているみたいだった。

あぁ、そうか。会話を聞かれていたんだなと判ると、恥ずかしさや悲しみから再び何かが崩壊すると共に、涙腺も崩壊していた。

化粧が崩れるなんて、もっと他のモノが崩壊していた私には構う事ではなかった。

子供の様に泣きじゃくる私を彼は唐突に、けれどフワリと抱き締めてくれた。
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