エトセトラエトセトラ
「公開日決まったら教えて」
キッチン横の背の低い冷蔵庫の扉に手を掛けて僕は言った。中からミネラルウォーターを取り出す。
「いつになるやら。もし公開されても小さな映画館でしか上映しないわよ、マイナーだから」
「いいよ。どこにでも観に行く」
ペットボトルのキャップを外して傾ける。冷えた水が体の中心を流れていくのが分かった。
「物好き」
そう呟いて立ち上がると、彼女は洗面所の方へ姿を消した。化粧を落としに行ったのだろう。
開け放たれた窓からの砂っぽい風が背中に当たる。テレビは相変わらずニュース番組を流し続けていて、昨今の政治情勢についての難しい説明をアナウンサーが真面目な表情で話していた。
僕と彼女は、恋人ではない。確認したことはないけれど、彼女もそう思っているはずだ。キスをしたこともなければ、手を繋いだこともない。もちろん体の関係だってない。どうしてか? ただそういうものではないのだ、彼女は。簡単に言い表すならば僕にとって彼女は「気まぐれに擦り寄ってくる野良猫」みたいな存在で、彼女にとっての僕もまた、「餌と寝床を提供してくれる都合のいいご近所」くらいのものだろう。少し異質なものがあるとすれば彼女に対する僕の愛情くらいだろう。恋愛のそれではない愛情を、僕は彼女に対して抱いている。これを説明するのは非常に難しい。難しいのだ。
いつの間にかダイニングに戻ってきていた彼女に手の中のペットボトルを取り上げられた。ごくごくと水を飲んで再び僕の手にペットボトルを戻すと彼女はすぐ隣の寝室に向かった。
「適当にTシャツ借りるね。おやすみ」
口紅が落ちて自然な色になった唇がそう言葉を紡いだ。瞼が半分落ちている。
おやすみ、と返して寝室のドアが閉じられるのを見届けてから僕はペットボトルのキャップを閉めてそれを冷蔵庫に戻した。