泡沫眼角-ウタカタメカド-

ふわりふわりとぼんやりとしたものが浮遊していく窓の外。
それが何なのか、彼女は知っている。言乃にとってはもう、日常の風景のひとつだから。


屋代言乃は声を出すことが出来ない。
それは確かだ。
しかし、医学的には言乃の声帯には何一つの異常もない。
それでも、普通の人間に言乃の声は聞こえない。


普通の人間ならば。


言乃は、窓を開けた。
すると、ぼんやりとしたものたちは嬉しそうに瞬いてから言乃の元に集まってきた。
それらは、近づくたびにくっきりとして、人の形をしていることがわかる。

『こんな時間に珍しい』

『眠れないの?』

集まってきたそれらは口々に言乃に向かって楽しそうに話す。
しかし、今の言乃はそれらを相手にする気にはなれない。
なによりも、彼らはこの場所にいるべきではないのだ。

「みんな……『もう帰って』。大切な人の心配かけちゃ、駄目ですよ」

『わかった』

花が咲くように湧き出た言葉は一気に静まり、人の形をしたものたちの姿が一気に薄れはじめた。

『ばいばい』

小さな女の子の声を引き金にしたように、それらは皆消えうせた。


これでまた、言乃の周りには静けさが降りた。

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