抹茶な風に誘われて。~番外編集~
 ――なんだかんだ言って、ちゃんとわかってくれてんだよね。

 散々酒飲んで客をもてなしてきた後の体には、こういうちょっとした優しさが染み入る。普段店で貼り付けている愛想笑いも全部はぎとって、あたしはうーん、と両手を突き上げて伸びをした。

「つっかれたあー。今日ぐらいまっすぐ家に帰ればいいのにって思わない? オヤジたちも」

「やあね。そういうお客様がいるからあたしたちの商売が成り立ってるんじゃないの。そういうあんたもこうやって寄り道してるくせに」

「だって……あたしは別に、待ってる人なんていないし」

 藤色の着物の裾を直して、苦笑いするハナコさん。唇を尖らせて言い返すと、ヘルプの若いミカちゃんが肩を寄せてきた。

「ねえねえ、例の常連さんは? いつも通ってくれる真面目な――公務員、だっけ? 結構マジで香織さんのこと好きなんじゃないのお?」

「あら、初耳。香織姉さんそんな人いたのお? ちょっと詳しく聞かせてよお」

 ダミ声で擦り寄ってきたハナちゃんなんて、ガタイのよさでは男そのものなんだけど、意外と乙女チック路線。ミカちゃんの花柄ワンピに負けず劣らず、ふりふりのロングドレスを身にまとって興味津々顔。

 もう今日じゃなく昨日になってるバレンタインも、この店ではあまり関係ないのか、客は物好きな常連以外寂しいもんで――意外に注目の的になってしまったあたしは、またタバコに火をつけて首を振った。

「そんな人も何も、ただの客。若い子たちのノリには付いていけないからってあたしを指名してるだけで――別にあんたたちが騒ぐようなことなんて何もないわよ」

 この前染め直したばかりの栗色の髪をかきあげて、できる限り冷めた声を出す。「えー」とか「面白くなーい」とかぶうぶう言っている面々の向かいで黙っていたハナコさんがにんまり笑うのが見えて。嫌な予感はきっちり的中してしまった。
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