抹茶な風に誘われて。~番外編集~
 バレンタイン当日、悩みに悩みぬいて昨晩準備したソレを鞄に入れて、私は家を出た。

 二月も半ばとなると、十五分の距離も寒い。あわててかじかんだ手を包む手袋――施設にいた時からずっと使っていたミトン――を取り出す。

「あれ、穴開いてる……やだ、恥ずかしい」

 施設でやったクリスマス会でこのピンクのミトンをもらった時、もこもこのウサギみたいですごく気に入った。それからいつの間にか、三年は経つけれど、大事に使って、少しほつれたらまた縫ってきたのに、最近バタバタしてちゃんと見ていなかったのだ。

 ――よりによって、デートの日にこうなるなんて。

 穴が開いた手袋を使っている子なんて、だらしがないと思われるかもしれない。静さんにあきれられることを想像した途端、胸がきゅっと縮んだ。

 ――やっぱり、やめとこう。

 そんな風に思われるくらいなら、手袋なしで我慢したほうがましだ。そう即決して、自転車を漕ぎ出した私は、鞄の中のプレゼントを受け取った時の静さんの反応をあれこれ想像し始める。

 喜んでくれるといいな。ううん、喜んでくれるって信じよう――不安と緊張に包まれる心をなんとか落ち着かせて学校に着いた時には、嫌なドキドキはおさまっていた。

 用意してきたチョコクッキーに歓声を上げてくれた優月ちゃんと咲ちゃんにほっとして、残り三つの袋――ハナコさんと香織さん、それから亀元さんへのクッキーが入ってるもの――を休み時間にそっと確かめていた、その時だった。

「九条さん、呼んでる」

 クラスメイトの子に手招きされ、廊下のほうを見やると、そこに知らない男の子が立っていた。ちょうど優月ちゃんと咲ちゃんはトイレにいっていなかったから、一瞬ためらいつつも、待たせたら悪いと思って駆けて行った。

「ちょっと、話があるんだけど――」

 同じ二年の、違うクラスの名札を付けた男の子。白いプレートには八代(やしろ)と書いている。

 全体的に男子の比率が高い学校で、珍しいうちの一人。たくましい肩の線や、短く刈り上げた髪型から見て、体育系の部活にでも入っている子かもしれない。でも優月ちゃんみたいに色々な情報に詳しいわけじゃない私には、彼が誰だかわからなかった。
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