英国喜劇リコレクション

「ねぇ、なんて読むな?」


下の名前でいいからさ


「江利香……」

「ん?」

耳元に顔を埋めながら、もう一度聞き返す。
聞こえていないわけはないけれど。

「エリカ、です…」

慣れないことをされて、語尾がフェードアウト。

そんなエリカを前に、エルヴィスは端正な顔でクスリと笑った。

「可愛いのな。名前も、貴女自身も…」

飾ったセリフも、あまりに自然に入ってくる。
つ、と白く細い指でエリカの唇をなぞる。

指……冷たい。
ぼんやり、そんなことを思う。

その唇が突然、温度のあるもので塞がれた。

「!?」

理解が追い付かない。

「〜〜、!」

刹那、触れるだけ、それでも甘く甘く濃い口づけであると気付いた時には既に離れて、整った色白の顔が目の前にあった。


「え、えっと、あの、」

言葉が出せなくて、語彙が一気に失せてしまった。

エルヴィスがもう一度、顔を近づけてきた時――


「きっさまは、初対面の人に何やってんだ!!」

ボカリ

「あっで!」

ちょっと顔を赤らめたジュダスがエルヴィスを抑え叫んだ。

「そこの人、今のうちに逃げろ!」

「は、はい! ありがとうございました!」


何に対してだろう。
思いながら廊下の角を曲がるとき、エルヴィスが部屋に戻る姿がチラリと入った。


――しばらく忘れなさそう。


彼女は、本来の業務へと帰っていった。


< 82 / 110 >

この作品をシェア

pagetop