-Vermillion-

 城に入ると二人の牛男、うとい、魔神に案内されて入った大広間の奥に、
 アヌビスの像に囲まれた玉座があった。
 座っているらしい人影が見える。一体誰なのだろう。

「長旅大義であった。そちらへ。」

 指された場所に敷かれた布の上に正座して、私は顔を上げた。

「我が名は魔王。魔王という名の魔王である。」

 そこにいるのは分かっているのに、姿が見えない。
 何かで姿を隠している訳ではない。
 堂々とそこにありながら、はっきりと認識する事は出来ないのだ。
 私は目を擦った。

「目なぞ擦ったところで何の意味もないぞ。」

 魔王は笑った。それは何だか耳障りで、とても不愉快な笑い声だった。

「手前は我を恐れ、無意識に拒絶している。それ故に認識出来ない。」
「は、はい…」
「案ずるな。じきに慣れる。」

 そこで受けた説明はこうだった。
 ここより右へ二つ崖を越えた所に扉があり、
 その横に建てられた屋敷で魔犬と共に生活する。
 「右へ」というのはどうやらこの世界でも方角の表し方らしい。

 これからは魔犬と定時的にパトロールへ出るのが仕事となる。
 美影は従者として私に仕え、他に身の回りの世話をする者が数人付く。
 まるでお姫様待遇だ。

 尤も、お姫様に相応しい仕事とは言えないけど、生活は絶対保障で、
 困る事は何もない。

 不本意にも、世間から幸せに一番近いと呼ばれるであろう環境に、
 身を置く事になったのだ。
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