state of LOVE
「おい。ちょっと落ち着けよ」
「マナは黙っててください!」
「黙ってたいのはやまやまなんだけど、お前の声に美緒が怖がってんだよ」
「だったら美緒を連れて出てください!」
「おー。そうきたか」

いつにも増して強気な聖奈は、ジッと両親を見下ろしながら俺に視線を寄越しもしない。

これは、反抗期というよりも家庭内暴力に怯える両親の図かもな。と、震えるちーちゃんとピクリとも動かないハルさんに視線を送る。

「ちーちゃんに八つ当たりすんなよ」
「八つ当たりじゃありません!」
「嘘つけ。お前は、俺がレベッカを庇ったのが気に入らないだけだろ」
「違います!」
「だったら、俺がレベッカを誘ったことだな。それか、美緒の母親から電話があったことを俺からじゃなくレベッカから聞かされたことだ」

どれも正解だと思う。聖奈の怒りの理由がわからないほど、俺の脳ミソの回転は鈍くない。わかっていてフォローしなかったのは、言うまでもなくこの俺なのだけれど。

「ホントお前ね、いい加減にしろよ。レベッカは俺のfriendだ。お前にとやかく言われることじゃねーよ」

いい加減うんざりだ。と、わざとらしくため息を吐くと、ゆっくりとハルさんの顔が起き上がった。

「お目覚めですか?」
「愛斗…余裕ぶっこいてんとはよ何とかしてくれ」
「ハルさんの娘でしょ。あの人」
「恵介がおらんとセナは宥められん」
「娘に関心なさ過ぎじゃないです?」
「ちゃうんや!俺だってセナのこと愛してんねん!」

だったらそれなりの態度を取ってやればいいのに。そう言いかけて、ふと視界の隅にいたちーちゃんの様子がおかしいことに気付き、慌ててそれを呑み込んだ。

「ハルさん、ハルさん!ちーちゃんが!」
「え?」
「ちょっ…ちーちゃん?大丈夫?」
「千彩っ!」

バッと上げられたちーちゃんの顔は、離れた場所から見てもわかるくらいに真っ蒼で。大きく震えた手で口元を隠し、必死に何かに耐えているように見えた。

「ごめん…なさい。ごめんなさい」

いつもは柔らかで甘い声が、完全に怯えきった冷たい声に変っている。聞くだけで痛々しい、震えた小さな声。


「ごめんなさい…ママ…おにーさま…」
「大丈夫や。大丈夫やから。ちぃ」

ハルさんに抱き締められたちーちゃんの目は、どこを見ているかわからないくらい虚ろで。

これはこの人の娘であり、俺の恋人である聖奈が引き起こした事態だ。そう思えば思うほど、俺の内側は冷えた。
< 146 / 158 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop