朝子
 あんたたちが何を知っていると言うのだ。

 それ以上聞いている気にもなれず、私は庭に面した硝子戸を開けた。

 ギクリとした様子で一斉に振り返る様も腹立たしい。

「あ、あら、朝子ちゃん」

「葬儀の準備がととのったそうです。みなさん、お上がりになって」

 私は、朝子ではない。

 だが、きっと、陽子でもない。

 ずっと前から……、あの男―――森本篤郎が私の体を奪った時から、私は朝子の亡霊だった。

 陽子はもう、どこにもいないのだ。

 生きた朝子が、どこにもいないのと同じように。
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