とあるアイドルの恋愛事情 【短編集】
「仕事は?」
「オフや。たまにはのんびり休ませろ」
「んなこと言うてられるんも今やからやろ。今まで散々暇してたくせに」
「うっさいわ」

思えば、酒の味もタバコの臭いも全部こいつに教えられた。一人でこの店に来れるようになったんはいつくらいやったやろか。と、グラスに注がれる頼んだ覚えの無い高価な飲み物に瞠目する。

「これ…」
「あぁ、飲みたかってん。おっさんのやっすいビールばっかやったら悪酔いするわ」
「せやからってお前なぁ、俺の給料知ってるやろ」
「ん?安月給。心配しぃな。たまには姉ぇちゃんがご馳走したる」
「ねぇちゃん言うな」

たまにはどころか、仕事終りに誘われるアフターの代金は今のところ99%こいつ持ち。残りの1%はたまにマキが出したり、運悪く同じ店にいてたりするこいつの友達でもありマキの友達でもあるホストさんが出したり。俺が出すんなんか、こうやって1人でやって来る時の安い飲み代だけ。

「りょーちゃんは心配せんと付き合うとったらええねん。もちろんアフターもな」
「またかい。明日の昼間マキと買い物行くんちゃうんかい」
「あれ?何で知ってんのや。情報早いなぁ」

扇子で口元を隠しながら、まだ長さの残るタバコを灰皿に押し付けた。

何で知ってるか?そんなん簡単や。こいつがマキに電話をしてきた日、俺がちょうどマキと一緒におったから。

別に問い詰めたわけでも盗聴したわけでもあらへんけど、マキの口ぶりからして相手はこいつやと勝手に判断してた。

「バレたらしゃぁないなぁ。今度りょーちゃんにも付き合うてもらうわ」
「勝手に決めんな」
「あれ?行きたいんちゃうんかい」
「誰がお前なんかと行きたい言うたんじゃ」
「可愛ないー!ホンマ最近のりょーちゃんは可愛なーい!お姉ちゃんは悲しいわ!」

俺の頬を遠慮なく力一杯抓るこいつは、俺の姉貴でも何でもない。

確かに俺らもこいつのことを「おねぇ」と呼ぶし、こいつ自身自分のことをよく「姉ぇちゃん」と呼ぶけれど、そんな事実は無い。自称や、自称。佐倉家に女はおかんと妹しかおらん。
< 46 / 50 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop