女の隙間、男の作為


「カノ?調子悪いのか?」

「へ?」

残業を終えた金曜の夜。
結城の部屋でビールを飲みながらも中身は全然減っていなかった。

結城が隣で何かを言っていたみたいだけれど、もちろん耳には何も残っていない。

「心ココにあらずだけど、何かあった?」

心配しているような表情に、胸の内側がチクリと痛む。

“実はフロリダへ出向の話があるの”なんて打ち明けられるわけもない。

脳裏に蘇る部長との会話。
もう何度もリピートしているから脳内ハードディスクが劣化してしまいそうだ。


『海外赴任ってわたしがですか?どこに?』

まったく話の意図が読めなかった。
アシスタント職は基本的に異動も出世もほぼないはずだ。

『北米。フロリダ』

『嘘でしょ!?』

『残念ながら事実だ。フロリダオフィスの実務担当者が続々と退職して、実際の業務が間に合っていないらしい。
もちろん現地採用で対応するがそもそもフロリダオフィスはアシスタントの交代が頻繁で昔から評判が悪いんだ』

だんだんと話が見えてきた。
こういう察しがいいところが自分でも時折嫌になる。

『つまり、本体から出向者を出して現地の人間の教育をしろって?』

『さすがカノ。その通りだ』

『でもそれがなぜわたしなんですか?それこそ本体の人間がいくべきでしょう?』

確かにあたしは結城の案件で問題のフロリダオフィスと仕事のやりとりをしているけれど、あくまで子会社の人間だ。
本体の人間を差し置いていけるわけがない。

そして部長だって同じことを言ったに違いない。
目の前で困ったように溜め息を吐いている。

『本体でも人手不足でとても人を出せないそうだ。
つまり教育に出せるような人間は誰も空いていない』

『うちだって無理でしょう?先輩に引き続き瑞帆まで産休に入るんですよ?
驕りかもしれないですけれど、わたしまで抜けてうちの部が無傷でいられるとは思えません』

あぁその通りだよ、と真面目腐った顔で頷いている。

御子柴や水野くんを叱る時とはまた違う“上司”の顔だ。

『つまり部長は、コレを機に本体に貸しを作っておきたいんですね?そしてできればその貸しは大きいほうがいい』

『本当にお前は察しがよくて困るよ』

全然困っていない顔をしやがって、コノヤロウ。

人を出す余裕なんてないのはお互い様。
それでも貴重な戦力を敢えて出すことによって本体に貸しを作っておきたい。
うちは貴方達にできないことを請け負ってやったのだ、と。
本体では出せない人材を出してやったのだ、と。
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