女の隙間、男の作為
「ま、いっか。長期戦は覚悟の上だし」

「そんな余計な覚悟は要らないから仕事してください」

「仕事して営業成績トップになったら俺とつきあってくれる?」

「なんでそうなるんですか。仕事できない男は嫌いだけど、そんな理由がなくちゃ仕事しない男はもっと嫌いです」

「手厳しいね」

“そこがまたツボなんだけど”

もうこの人いやです。
結城もたいがいめんどくさいけどアレは全部営業トークだとわかっているから対処のしかたはいくらでもあるから楽だったのに。
この男はどうやらあたしを本気で口説きに掛かっているらしい。

「なんであたしなんですか」

“他にも女の子はたくさんいるしもっと簡単にあなたに靡く子だっているでしょう?
わざわざ工数の掛かる選択をする意味がわからないし、利益ゼロの商売に手を出す意味はもっとわからない”

「教えてあげない」

「はぁ?」

「悩んで考えて毎日俺のことで頭いっぱいにして過ごせばいいじゃん」

なにこのひと、性格悪い!
人のこと言えるほど整った人格じゃないけど、絶対この人おかしいです。

「30秒以内にお帰りください。
わたくし休日も色々と忙しいので。妙な男のことを考える余裕は一切ございません」

男はそれが嘘だとわかっているかのように不敵に笑い、弟のシャツを着て颯爽と部屋から出て行った。

部屋に残る柑橘系の香りと日常を覆された女。
どっと疲れた身体を引きずるようにしてバスルームに行けば、鏡に映った自分の姿を見てさらに絶句した。

“先っぽ舐めただけ”なんて大嘘に違いない。
胸元には見るも無残なほどの赤い痕が残されていた。
形が変わるほど揉まれてベタベタになるほど舐められて吸われて噛まれたことくらい容易に想像が吐くほど、その部分は情事の名残に満ちていた。

この状態でセックスしていないなんてアンバランス過ぎて意味のない笑いが零れた。
いっそ最後までしていたら派手に落ち込むことができるのに、こんな中途半端な証拠と事実を残された場合いったいどうするのが正解なのだろう。
最後までしていなかったことに安心すべきなのか、してもらえなかったことを嘆くべきなのか。

記憶にない男の感触が蘇りそうになるのを誤魔化すように熱いシャワーを流し続けた。
もしかしたら誤魔化していたのは蘇らない感覚に焦れていた自分のことかもしれない。

   キスマークなんて
    残されたのは何年ぶりだろう



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