女の隙間、男の作為
「何があった?」
これはあたしを心配して甘やかそうとしている時の声だ。
思えばあたしが仕事でストレスを溜めて顔面神経痛になった時も、コイツは今と同じ表情をしてあたしの気が済むまで一緒に飲み続けてくれたっけ。
愚痴を延々と漏らすあたしの頭を撫でて、吐き続ける背中をさすって、歩けなくなったあたしを負ぶって。
それでも翌日会社で顔を会わせても文句ひとつ言わないで。
あたしは随分昔からこの男に甘やかされている。
(仕事ではあたしが甘やかしているけれど)
「カプチーノも嫌いじゃないけど、飲み足りない気分なのですが」
「わかった。場所変えるか」
当たり前のようにあたしの手を取り、当たり前のようにあたしが飲んだカプチーノ会計を済ませて、当たり前のようにあたしの歩幅に合わせたスピードで車道側の隣を歩く。
なるほど冷静になってみれば確かにこれほど優しい男はいないのかもしれない。
「此処ってあんたが女を口説くときに使う店じゃん」
「強ち間違ってないだろ。今からカノを口説くんだから」
BAR-Sugar Shack-は結城が“贔屓”にしているワインバーだ。
つまり結城と寝たことのある女なら、この店のベリーニを飲んでいることになる。
「まぁお酒があるなら何でもいいけどね」
「だ、そうなので、ノブくん、カノちゃんにキツイの作ってあげて」
ノブんくんと呼ばれた長身の男は顎鬚がセクシーな結城よりひとつかふたつくらい年上の男だ。
この店に来たのは過去に一度だけだけれど、彼はあたしのことを覚えていたらしい。
“以前飲まれたロングアイランドアイスティーにされますか?それとも別のものを?”
あたしですら以前何を飲んだかなんて覚えていないのに。
凄い記憶力。
「あたし、そんなの飲んでました?」
そんなキツイのを一杯目から飲む悪癖はないはずなのに。
「えぇ。お気に召したようで続けて3杯飲んだので、圭史がストップをかけてました。珍しく」
「珍しくは余計でしょうが」
「女がベロベロになろうがどうでもいいと思ってる男には必要な補足だ」
なんて素敵な辛口コメントなのかしらとうっとりしかけたところで、
「この子は特別なの。酔っ払って意識無くされたら困るからね」
聞きなれた雑音が邪魔をする。
呆れてしまうくらい日常とよく似ているじゃないの。