愛の花ひらり

荷物の確認は必ずしましょう

 朝、高級マンションのエントランスに入る要は、あんぐりと口を開けて天井を見上げた。
 そこは高級ホテル並みのロビーのように輝
いている。床は大理石、天井には大きなシャンデリアが飾られていて、高い位置に添え付けられている大窓からは、朝の爽やかな光が差し込み、美しいそれらを一層輝かせていた。
 エントランスの出入り口の隅の方には、警備員室と思しき場所と警備員のような男が立っていた。
「お、お早うございます」
 一応挨拶はしておかないと、と思った要がペコリと頭を下げると、その警備員も軽い会釈をしてくれる。
 初めてここに足を踏み入れる要ではあったが、特に怪しまられてはいないようだ。要は最奥にあるエレベーターの前まで行くと、上向き三角のボタンをポンと押した。
 すると、スルスルとエレベーターのドアが開き、そこに全身を投げ込むように入った要は、再び口をあんぐりとさせてしまった。
「エレベーターの床まで大理石!?」
 要は、朝出て来た自分のアパートのぼろさを思い出している。
 同じ人間なのに、どうしてこのように暮らしにまで格差があるのだろうと考えながら、エレベーターに添え付けられている鏡に映った自分を見つめた。
 営業部に配属されると思っていた要が用意したスーツ――まるでリクルートスーツのような黒色の地味なものである。そのスーツの下には、衣料品店で購入した五足998円のストッキングに上はセールで1枚1000円だった白色のブラウスを着ている。
 これだけでは少し味気ないかなと思った要は、母親が亡くなる前に自分にくれたネックレスで首元を飾ったのだが、やはり華がない。
 エレベーターの中の鏡を見ている間に、ボタンを押した階に到着したようで、小さな振動を起こした後に、ドアがスルスルと開いた。
「あー……身分の差って怖い」
 エレベーターのドア向こうの光景に目が眩む。
 ブツブツと呟きながら敦が住んでいるという1000の番号があるドアの前まで歩いて行く途中、要は周りに視線を揺り動かした。
 この階って、社長の――?
 一つは非常口用のドアのようで、もう一つは1000の番号が付いているドアだけ。他には何にもない。
「このフロアが全部社長一人のものなの!?」
 要は玄関ドアの前に暫く呆然と立ち尽くしていた――。
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