愛の花ひらり

　エレベーターの床面を俯いて見つめている要を凝視していた優子は、優しい声で笑った。
「大丈夫ですよ。秘書検定などのお話はしておりますが、プライバシーの事に関しては社長には一切洩らしてはおりませんから」
　確かに、自分の社長秘書になる女の個人的な情報など社長には不必要であると、要が納得をしていると、優子は再び優しい笑い声を上げたが、それは少し皮肉ったようにも要には聞こえた。
「全くね……貴女の希望通りの部署とは全く関係のない事をさせようとするなんて……会長があのような情報を持って来なければ……」
「情報？」
　優子の苛々したような会話の中で、情報という言葉が要の内耳に否応にも流れ込み、彼女はその一言が気になってその言葉を繰り返した。
　すると、優子は慌てて片手をひらひらさせて、
「こ、こちらの話です。あっ、三十五階に到着しましたよ。他に質問はございませんか？」
　話題をいきなり変えようとしていた。
　情報という言葉にきになりながらも、優子がその話をしたがらないと理解した要は、頭を軽く横に振る。
「いえ、ありません」
　もう、いいや――と、思った。と言うよりも、諦めた。
　願いが全て叶えられる訳ではないのだが、今までの苦労を考えると、要は多少なりともショックを受けていた。
　その時、エレベーターの頑丈な扉がスルスルと開き、要の目の前には階下の部署とは全く異なるセレブな雰囲気の光景が映し出された。
　社長にもなるとこんな所で仕事をするのか――
　しかし、これからの自分もこのセレブな雰囲気の場所で仕事をするのだと思うと、嫌な気はしないが、飛び上がって喜べそうにもない。
　要は今までこのような場所とは無関係な雰囲気の場所で暮らしてきたのだから――
　それに、このセレブな雰囲気の場所を味わえるのは仕事のある時間だけ。自分の暮らす家の広さとは言うと、このエレベーターの前のちょっとした広い空間程しかない。