描かれた夏風
 でもアスカ先輩の絵が残すのは、目に見えているものだけじゃない。

 その場の空気や、肌に触れる風の暖かさ。かけがえのない時間を惜しむ心。

 窓から差し込む日差しの優しさ――光の粒子の一粒一粒までもが、一枚の平面に閉じ込められているのだ。

 私はやっぱり、アスカ先輩の絵に見惚れてしまった。

 懐かしくすら思える景色を生み出すアスカ先輩は、いつになっても私の憧れだ。

(誰なんだろう。アスカ先輩に才能がないだなんて言ったのは)

 私はその人のことを心底憎らしいと思う。

 描けと言われたものではなく、描きたいものを描けばいいのだ。

 そうすればアスカ先輩は、こんなにもたくさん、人の心を動かせる。

 アスカ先輩は腕で強く涙をぬぐうと、私の脇を早歩きで通り過ぎた。

「素敵な絵です」

「……っ」

 私の言葉に、アスカ先輩は声にならない声を返す。

 そしてそのまま、その場を去っていった。

 アスカ先輩の涙は、何の涙なのだろうか。

(後悔? それとも感動?)

 私の少ない語彙力では、ぴったりの言葉が見つからない。

 でも、きっとアスカ先輩はまた前に歩き出せる。
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